日本ブライト旅行社長のブログ
 
栃木県佐野市の旅行会社社長のひとり言です。
 


晩年の輝き

日が暮れても、烟霞(夕景)は絢爛と輝いている。
歳末になっても、橙橘(柑橘類)は一層良い香りを漂わせている。だから、人生の晩年に際してこそ、君子たる者は、さらに気力を充実させなければならない。

~ 菜根譚 前集一九六より ~


晩年の素晴らしさ

夕日の輝きと蜜柑の香り。この二つの比喩を使って、「菜根譚」は、人生の素晴らしさを讃える。
「烟霞」とは。けむりとかすみ。ここでは、夕日に映える美しい景色をいう。太陽が沈んでいく。しかし、のの夕焼けのなんと美しいことか。日が沈んでいくからこそ、景色はあでやかに光り輝くのである。



「橙橘」とは、だいだいやみかん。これらの柑橘類が芳しい香りを漂わせるのは、冬。一年の終わりである。寒い冬こそ、柑橘類は熟し、よい香りを放つのである。

これと同じように、人生も、晩年こそが美しい。人生の本当の味わいが出てくるのは歳を重ねてからである。そのとき、年老いたからと家に閉じこもっていてはならない。もう何もしないと気力を失ってはならない。むしろ逆に精神を奮い立たせ、人生最後の輝きと香りを充分に楽しむべきである。

晩年には、価値がある。
若いときのつけが回ってきて、病や災いが訪れるのも確かに晩年である。しかし、それまでの人生の蓄積を生かして、最も光輝くのも晩年である。あって欲しい。良くも悪くも人生の集大成、総決算の時期である。



日既に暮れて、而も猶お烟霞絢爛たり。
歳将に晩れんとして、而も更に橙橘芳馨たり。
故に末路晩年、君子更に宜しく精神百倍すべし。


歳を重ねただけで人は老いない。理想を失う時、人は初めて老いる。



3月22日(月)07:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | こころに残る言葉 | 管理

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