| パッチギ! |
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| タイトルの「パッチギ」とは、喧嘩における「頭突き」を指し、「突き破る」「乗り越える」を意味する朝鮮の言葉に由来する。日朝間に横たわる深淵をしかと見据えつつ、それを乗り越えていく若いエネルギーに希望を託した快作です。
[監]井筒和幸[出]塩谷瞬、高岡蒼甫、沢尻エリカ、松永京子、尾上寛之、真木よう子 テレビでの辛口コメントでおなじみの井筒和幸監督が、朝鮮半島における南北分断の悲しみを歌った名曲「イムジン河」との出会いを綴った松山猛のエッセイ「少年Mのイムジン河」をモチーフに、日本人と在日朝鮮人の高校生たちが繰り広げる恋と喧嘩の日々をみずみずしく描いた青春群像劇。
1968年、京都。府立東高校に通う康介(塩谷瞬)と親友の紀男(小出恵介)は、担任の布川(光石研)に命じられて日頃から東高と対立している朝鮮高校へサッカーの親善試合を申し込みに行く。 そこで康介は、音楽室でフルートを吹いていた美貌の女子生徒キョンジャ(沢尻エリカ)に一目惚れ。 康介はキョンジャが朝高の番長アンソン(高岡蒼甫)の妹だと知ってひるみながらも、仲良くなりたい一心で彼女が演奏していた「イムジン河」をギターで弾けるよう練習したり、朝鮮の言葉を勉強したりする。 そんな中、アンソンたちと東高空手部の争いが激化し・・・・・・。
中心となるのは康介とキョンジャの国籍の違いを超えたロマンスだが、アンソンの子を宿した恋人の桃子(松永京子)や、バンホー(波岡一喜)、チェドキ(尾上寛之)、ガンジャ(真木よう子)ら朝高の個性的な面々のエピソードもそれぞれ掘り下げて描かれ、一人ひとりが生きいきとした魅力を放っている。
http://www.pacchigi.jp/first/index2.php
「パッチギ」とは、〈頭突き〉のことだが、語源的には〈乗り越える〉という意味があるそうですね。 1968年の京都を舞台に、朝鮮高校の番長の妹に惚れた康介が禁止された歌「イムジン河」を知り葛藤し成長していく。
「国が決めた壁は、愛と頭突きで壊せる!」
日本版ロミオとジュリエットであり、日本版ウェストサイドストーリーのような映画。 映画の中で重要な役割を果たすあの「イムジン河」は、南北に分断された隣国の象徴であると同時に日本と悲しい歴史を背負った国の間に横たわる象徴としても描かれています。 在日の問題は、無視することのできない大きな問題ではあり、現在も続いている。 1968年は、どのような時代だったのでしょうか? 1月の東大紛争の発端となった東大医学部の無期限スト突入。それが結果的に、翌年の東大入試の中止につながっていく。 一方では「あしたのジョー」の連載が始まり、アニメの「巨人の星」が放映開始され、『週刊少年ジャンプ』の創刊により「ハレンチ学園」の連載が始まる。 ベトナム戦争や成田空港建設問題など、高校生も政治や世界情勢に否応なしに目を向けさせられた一方で、グループサウンズの公演で失神騒ぎが起こったり、マンガの影響でスカートめくりが流行して問題化した時代でもあったようです。 この映画は、もともと松山猛の自伝的小説『少年Mのイムジン河』(木楽舎)が原作であるというのです。 涙腺がゆるくなり、映画の中で流れる「イムジン河」(放送禁止になったことなどが知られること)を聴くと涙が出てきて困った。 康介は「イムジン河」を通じて〈在日〉の問題にぶち当たった。そこには、差別と偏見の問題である。
韓流ブームに沸き、一方で拉致問題やW杯サッカーで北朝鮮が話題になったときの作品、私にはいろいろなことを思い出させ、また考えさせられた映画でした。
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9月25日(火)08:52 | トラックバック(0) | コメント(0) | テレビ・映画 | 管理
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