日本ブライト旅行社長のブログ
 
栃木県佐野市の旅行会社社長のひとり言です。
 
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司馬遼太郎文学碑建立

終戦間際の1945年夏、司馬遼太郎(本名・福田定一)は本土決戦に備えて栃木県佐野市内に駐屯した戦車第一師団第一連隊の第三小隊長だった。

植野国民学校(現佐野市立植野小学校)の将校室の畳の上で玉音放送を聴いたと言われている。

司馬遼太郎は、自らの作品を「二十二歳の自分自身への手紙」と語るなど、佐野市は司馬文学の出発点と言われています。

国民的作家、司馬遼太郎と佐野市とのかかわりを伝える文学碑の除幕式が5月2日に植野地区公民館で行われた。資金集めや碑文内容選定など、市民有志二十二人が一年がかりで建立にこぎ着けた。

碑は司馬が出入りした島田邸跡(現公民館)が設置場所に選ばれ、横3・8メートル高さ1・9メートルの御影石製。
碑文は、著書「歴史の世界から」の中の「私の関東地図」に登場する、佐野の印象を記述した部分が用いられた。

除幕式には東大阪市にある司馬遼太郎記念館の上村洋行館長、元子副館長が出席し委員会メンバーらと完成を祝った。

委員会の会長は「司馬先生の思いを通し、佐野の風土を大切にする豊かな心が育つことを願っている」とあいさつ。

上村館長は「司馬作品の根底のテーマは人間とは、日本人とは何かだった。佐野の人々や町の優しさが司馬にさまざまなことを自問自答させ、その基礎になった」と話した。

植野地区公民館
〒327-0836
栃木県佐野市寺中町2297-1
TEL 0283-23-5421

司馬遼太郎の「二十一世紀に生きる君たちへ」
未来を創造する子どもたち、そして日本人に贈る心のメッセージ!
親子で読んでみて頂きたいです。
人生でもっとも大切なものがここにあります。
いじめ、虐待、教育問題など・・・大きな社会問題化した今こそ、司馬さんの子どもに向けた貴重なメッセージに学んでいただきたいと。

日本の行く末を憂い、1987年・1989年に小学校5・6年生の国語教科書のために書かれた作品です。
「子どもは何をしなくてはならないのか?」「人は何のために生きるのか?」
その答えを、司馬遼太郎が21世紀に生きる子どもたちに語りかけます。

子供たちへの期待と優しいまなざしで、むだのない、考え抜かれた名文が私たちの感動をよび起こします。
「人間は自然によって生かされてきた」 ― 二十一世紀に生きる君たちへより
「世のためにつくした人の一生ほど、美しいものはない」 ― 洪庵のたいまつより



5月10日(日)07:14 | コメント(0) | 佐野市素敵なところ | 管理

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